ことばの広場 校閲センターから

「ことばの広場」は、新聞記事や見出しを校閲している朝日新聞校閲センターが執筆している「ことば」に関するコラムです。朝日新聞オピニオン面に月に数回、掲載されています。新聞の読者のみなさまから頂いたご質問やご意見などを元に言葉の起源を調べたり、校閲センター員が日々の仕事で気づいた言葉の変化について考察したりしています。

すべて朝日新聞朝刊掲載時の内容です。

お裾分け
(2015年7月8日 朝日新聞朝刊掲載)

桃をたくさんもらったとします。お隣さんに「お裾分けです」と渡すと、「目上の者が下に対して使う言葉だから失礼」と言われたらどうしますか? 似たような経験をした読者から「現代での意味を知りたい」との質問を頂きました。

「広辞苑」によると、お裾分けは「もらいものの余分を分配すること」。特に上下関係の印象は受けませんが、周りに聞いてみると「確かに、目上に対して『裾』を分けるという言葉は合わない」という声を聞きました。この語感の鍵は「裾」という言葉にありそうです。

「お裾分け」は一部を分けることが語源という説が有力。裾は衣服の下部のほか、「山裾」のように物の下部、端っこを指すこともあります。相場用語で「裾物」は下等品を指し、裾がマイナスの意を含んでいます。

このような語感が、目下に使うという考えにつながるのでしょうか、江戸後期の書物「譬喩尽(たとへづくし)」には「すそわけといふ詞(ことば)は失礼なり」とあります。

ですが、国語学が専門の川嶋秀之・茨城大学教授によると、室町後期~江戸初期の文献に、目上または同輩に「すそわけ」という言葉を使っている例があるそうです。「当時は身分の上下に関係なく使ったとも考えられる」とみます。

「裾分け」は、宣教師が日本語を習得するために17世紀初めに作られたポルトガル語辞書にも載っています。すでにその頃には、人々の生活に根づいていたのでしょう。現代でも使われるのは、物を分けることで喜びを共有する文化が脈々と続いてきたからではないでしょうか。物を分けたい人がいる幸せを表すこの言葉、上下関係を超えて大事にしていきたいものです。

「譬喩尽」の先の記述は「但(ただ)し貰(もら)ふ方は随分よろしき詞なり」と続きます。失礼と言いつつ、実はもらうとうれしい。そんな気持ちを垣間見るような気がしませんか。

人生の荒波かぶり、女が「婆」に?
(2015年7月1日 朝日新聞朝刊掲載)

以前、このコラムで「転嫁」という漢語の意味を取り上げたところ、それでは「婆」は「人生の荒波を何度もかぶって女は婆になる」という意味なのですか、とのお便りを頂きました。

おもしろい説なのですが、残念ながらそうではありません。

古代中国で、おばあさんのことを「ブア」といったため、それに近い「プア」の音(おん)をもつ「波」を用いて「婆」の字を作ったのです。「波」の部分は音と同時に「しわ」の意味を表すという見方もありますが、あくまで一説にすぎません。

漢字は、意味を表す部分を組み合わせた文字だと思われがちですが、実は音だけを表す部分もたくさんあります。

もっとも、お便りにあるような解釈の仕方は、中国本土でも古くからありました。北宋の宰相・王安石は「籠」は「竹の中に龍を収めること」で、「波」は「水の皮のこと」だと説いたと伝えられます。しかし、「籠」の「龍」、「波」の「皮」は、「ロウ」「ハ」の音を表す部分です。

漢字の成り立ちを「字源」といいますが、王安石のような解釈は、それとは区別して「字説」と呼びます。字説は、ときに処世術となったり思想へと発展したりもするので、それなりの意義があるといえます。

たとえば、「武」は「戈(ほこ)を止(とど)める(戦いをやめる)」ことだという字説があり、「春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)」の約2600年前の記事に見えます。本来「武」は、「戈を携えて歩む」という正反対の意味を表しますが、「戈を止める」の説は、専守防衛の精神を説いた字説として、今日でもしばしば引用されます。

また最近では、お笑い芸人のゴルゴ松本さんが、「『命』は『人を一叩(ひとたた)き』と書く。心臓の鼓動の一叩きの連続が『命』だ」などと、独自の字説を説き、人気を集めています。

字源とは異なることさえ踏まえるなら、字説で漢字に親しむのもまた楽しいものです。

真逆
(2015年6月17日 朝日新聞朝刊掲載)

「『正反対』のことを『真逆(まぎゃく)』と言うのを頻繁に聞くようになりました。朝日新聞ではあまり見かけない表現ですが」とのメールを広島市の歯科医師の男性(46)からいただきました。

電話でお話をうかがうと、ラジオで20代くらいの出演者が使った「真逆」という言葉に、ベテランのアナウンサーが抵抗感もなく受け答えしていることに驚いたそうです。小4の次男に質問してみると「普通に使うよ。(30代の女性の)先生も授業で使っている」との答えが返ってきてさらに驚いたとのこと。「違和感がある言葉なので、私は使いたくないですね」

2011年度に文化庁が実施した「国語に関する世論調査」があります。正反対のことを真逆と言うと答えた人は全体の22・1%でした。「言う」と答えた人は16~19歳で62・8%、20代で53・1%、30代で37・5%、40代で28・2%。50代になると2割を切り、さらに60歳以上は1割以下でした。

いつから使われ出したのかについては、「映画の撮影現場で照明を通常とは逆に当てる技術を真逆と呼んだのが始まり」「90年代にお笑い芸人が使用した」といった説がありますが、いずれもはっきりしません。

「現代用語の基礎知識」(自由国民社)には、07年版で初めて掲載されました。国語辞典では、俗語などと断ったうえで収録に踏み切ったものが増えています。校閲センター所蔵の辞書では、8冊で取り上げられていました。三省堂国語辞典(第7版)には「二〇〇〇年以降に広まったことば」とあります。

尾谷(おだに)昌則・法政大文学部教授(日本語学)は「訓読み(ま)と音読み(ぎゃく)が交ざった『湯桶(ゆとう)読み』をする珍しい熟語だが、これだけで誤用とは言えない。14年の国会会議録における発言数は『真逆』が『正反対』を上回っており、いずれ『正反対』が廃れるかもしれない」としています。

アジサイの七変化
(2015年6月10日 朝日新聞朝刊掲載)

梅雨入りした関東地方では、アジサイが見頃を迎えています。あじさい寺として有名な神奈川県鎌倉市の明月院(めいげついん)を訪ねると、日本古来種のヒメアジサイ2500株が参道の両脇を青一色に染め、多くの観光客の目を楽しませていました。

季節を代表するこの植物の名は、一説に「あつ(集)さ(真)あい(藍)」が語源とされ、藍色(の花)が集まる様子を指すといいます。

漢字では「紫陽花」の表記がおなじみです。中国・唐の詩人、白居易が「色は紫で香りがよい」花に出合って紫陽花と名付けた、という漢詩に由来します。ただ日本原産のアジサイは香りに乏しく、当時の中国に咲いていたとも考えにくいことから、彼の詠んだ花は別物では、と言われています。

今でこそ不動の人気ですが、白から赤や青へと次第に色を変える特徴から「七変化」とも呼ばれ、これが人の心変わりに通じるとして、実は「冷遇」されてきた過去があります。

万葉集では大伴家持がアジサイを引き合いに、人に欺かれたことを嘆く歌があります。平安朝の和歌集でも、桜や紅葉に比べると登場する回数が極端に少ない花です。

永井荷風の短編小説「あぢさゐ」は、男を巡って気移りする芸者の姿を描いています。「節操がない」ことの連想からか、かつてはアジサイを人に贈るのは控えられたともいいます。

転機は戦後に訪れます。多くの寺院の境内に植えられ、雨の多い季節を彩る名物として定着していったのです。明月院の佐藤惟誠(いせい)住職は「成長し、花を咲かせ、そして枯れていく姿は人の一生に似ている。命の尊さを思い、優しい気持ちになっていただけたら」と語ります。

その名の通り、房に集まる藍や青の色彩は、雨にぬれて一層際立ちます。皆さんも、各地の多種多様なアジサイの色合いを楽しんでみてはいかがですか。

後ろ倒し
(2015年6月3日 朝日新聞朝刊掲載)

2016年春卒業予定の大学生向けの企業説明会が真っ盛りです。政府は13年に採用活動を「後ろ倒し」するよう求めました。これを受けて経団連が出した「指針」により、例年より3~4カ月遅いのが、今年の就職活動の特徴です。企業が内々定を出すのも、これまでの4~5月から8月以降にずれ込みます。

この「後ろ倒し」という言葉、最近は「前倒し」の反対の意味で使われることが多くなってきました。最初は強い違和感があり、「先延ばし」と書くべきだと思ったものでした。

「岩波国語辞典」の「前倒し」の項を見ると、「『繰り上げ』でも済むのに、一九七三年ごろに官庁俗語として現れたのが、広まった語」と注釈があります。国会議事録では後ろ倒しも79年に登場したので、政治家や官僚の「業界用語」だったのではないかと推察できます。

最新版の各辞典を見ると、「広辞苑」にはありませんが、「大辞泉」は既に見出し語として載せています。「三省堂国語辞典」は、2013年の編集作業中に「見出し語にしてはどうか」という案が出たものの、定着するか疑問だと見送りました。「前倒し」の項に反対語として紹介するにとどめたのですが、同辞典の編集委員・飯間浩明さんは「その後急速に定着し驚いた」と話しています。

なぜ、政府が後ろ倒しという言葉を使ったのか、「就活『後ろ倒し』の衝撃」の著者、曽和利光さんはこう分析します。「先送りだと、やるべきことをやらないというマイナスイメージがあるからでは?」

さて、今年の就活ですが、実は指針に縛られない外資系やベンチャー企業は、例年通りに採用活動を行い、もう内々定を出しています。学生たちは更に「後ろ倒し」の就活もしなくてはなりません。曽和さんは、政府の意図とは逆に、学生の負担がかえって重くなるのではないかと危惧しています。

ウエアラブルか、ウェアラブルか
(2015年5月13日 朝日新聞朝刊掲載)

「ウェアラブル(身につけられる)端末」が話題です。ここ数年、紙面でよく目にするようになりましたが、昨年までの表記は「ウエアラブル」でした。ウイーク、ウエディング、ウオーター。これらウィ・ウェ・ウォと発音する英語から来た語を、皆さんはどう書きますか?

国は1991年、外来語表記の目安を内閣告示で定めました。そこでは「ウイ・ウエ・ウオ」を基本とし、地名や人名などで外国語の音に近く書き表す場合は「ウィ・ウェ・ウォ」も使うとしています。

朝日新聞は国の目安も参考にルールを設け、紙面の表記を統一しています。昨年11月、そのルールを変更しました。地名や人名以外でも「ウィ・ウェ・ウォ」を原則にしたのです。

外国語、特に英語へのなじみが増し、原音を意識した表記を世の中で多く見るようになりました。ウィンターやウォッチなどは小さく書く例が増えています。ウェブ、アウェーなど新語は当初から小さく書かれます。

新聞も、このような変化を取り入れた方が違和感なく読めると判断しました。ただ、キウイやウイスキーなど大きく書くのが一般的な語は例外的に従来通りとしました。

併せて、二重母音「エイ・オウ」の表記も、原則長音符号「ー」だったのを、慣用をふまえて見直しました。メーンやテークアウトはメインやテイクアウトに変え、メーカーやコートは長音のままとしました。

さて、表記変更以降、読者の方からの問い合わせはほとんどありません。気づかれず残念? いえ、むしろほっとしています。多くの方が自然に受け入れてくれている証しだからです。

新聞の使命は情報を届けること。表記で違和感を与えては、それを阻害してしまいます。外来語を含む記事がすんなり読めるよう、表記方法だけでなく、日本語の意味の併記や補足説明にも心を配りたいと思います。

「粛々」はどこからきた?
(2015年4月22日 朝日新聞朝刊掲載)

「上から目線の『粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の怒りは増幅していく」。沖縄県の普天間飛行場を辺野古へ移設する工事を巡り、翁長雄志(おながたけし)知事が菅義偉官房長官に投げかけた言葉は注目を集めました。

この一件について、その名も「政治家はなぜ『粛々』を好むのか」の著書がある円満字(えんまんじ)二郎さんは「ここ20年ほどで多用されるようになった言葉。これまでは追いつめられた側が逃げ口上としてよく使ってきた。それが『上から目線』にしかうつらないほど、沖縄から見れば政府の対応が高飛車だということでは」と感想を述べます。

円満字さんによると、「粛々」は中国古代からある言葉で、「おごそか」「静か」という意味を持つ一方、「びゅうびゅう」といった強い風の音などを表す擬音語でもありました。現在のような使われ方のきっかけは、江戸時代後期の学者、頼山陽(らいさんよう)の詩の一節「鞭声粛々(べんせいしゅくしゅく)、夜(よる)、河(かわ)を過(わた)る」にあります。

川中島の戦いで、上杉謙信軍が武田信玄軍に奇襲をかけようと静かに迫る場面。「粛々」は鞭(むち)打つ音の擬音語であり、音の静かさでもあると円満字さんは解します。詩が広まるうち、列の進む様子を示す擬態語と受け取られるようになりました。それが「集団が秩序を保って何かを遂行する」というイメージに転じ、苦境にある政治家などが使うようになったそうです。

菅長官は14日に関西電力高浜原発の再稼働を禁じる仮処分決定が出た時も「(再稼働は)粛々と進めたい」と述べました。

「列を乱さず進む」ことからは、相手から意見を受けても足は止めないという印象を受けます。翁長知事の指摘を受け、菅長官に加え安倍晋三首相も沖縄に対して「粛々」は使わないと述べました。しかし、指摘された「上から目線」が言葉だけではなく、その姿勢も含むのだとすると、言葉の言い換えだけで収まる問題ではなさそうです。

「転嫁」、なぜ嫁を転がす?
(2015年4月15日)

普段何げなく使っている言葉の中に、おやっと思う漢字が使われていることがあります。

例えば「責任転嫁」。「自分の過ちや責任を他人になすりつける」という意味の言葉に、なぜ「嫁=よめ・とつぐ」という漢字が使われているのでしょう。

実は、「嫁」にはこの他にも「かずける」という意味があります。「かずける」は「被(かず)ける」という字を当てて、「責任や罪などを押しつける」ことを言います。「嫁」は「被」と同義の関係にあるのです。「転嫁」は「嫁を転がすこと」ではないのです。

カルチャーセンターでこの話をしたときに、秋田県出身の方から「かずけるは、方言として使っていたが、これに漢字があるとは知らなかった」という話を聞きました。ある調査によると、北関東、東北を中心に、静岡、愛知などでもこうした意味で「かずける」が使われていました。一般的に使われなくなった言葉の意味が、方言の中に息づいているのです。

「姑息(こそく)な手段」の「姑」は、「しゅうとめ」のことではありません。この場合の「姑」は「ひとまず」「しばらく」という副詞のような役割なのです。「息」は「休息」というように「休む」の意味です。つまり「姑息な手段」は「一時しのぎの手段」のことで、「姑(しゅうとめ)の息」とは関係ありません。最近では「ずるい手段」の意味で使われ、時代によって変化している言葉の一例でもあります。

漢字は3千年以上の歴史の中で、様々な意味と用法を現代に持ち込んでいます。しかし先に挙げた「嫁」や「姑」のように、私たちは限られた範囲の中でしか漢字を理解していません。

言葉として「てんか」や「こそく」などを知っていても、そこに使われている漢字には無頓着で、その意味を考える機会が減っています。漢字の一部は、すでに意味を持たない記号となりつつあるようです。

入籍=結婚ではない?
(2015年4月8日 朝日新聞朝刊掲載)

大リーグが開幕しました。キャンプ中に交際相手の妊娠を発表して話題になったダルビッシュ有投手は、右ひじを手術し、残念ながら4季目をリハビリのシーズンとして迎えています。

2月下旬、「入籍等はまだ未定」と、彼のブログから記事に引用したところ、「入籍」を婚姻の意味で使うのは女性差別的で不適切なのではと指摘する女性読者のメールが届きました。

戸籍用語としての「入籍」は本来、すでにある戸籍に別の人が入る手続きのこと。出生届で子が親の戸籍に入る例などが該当します。結婚の場合、初婚同士であれば、2人だけの戸籍が新たに作られるため「入籍」には当たりません。再婚時など自分の戸籍をすでに持っている場合は、配偶者が「入籍」する結婚もあり得ますが、結婚イコール入籍ではありません。

明治民法下の結婚の多くは、夫の家に入ってその家の嫁になる形で、女性が「入籍」していました。個人の尊厳や男女平等という日本国憲法の理念に合わせて1947年に改正された現在の民法は、家制度を廃し、夫婦を対等な存在としています。

結婚を意味する「入籍」は、女性が抑圧されていた古い時代を引きずる表現だからこそ、批判されることがあるのです。

こうした制度に詳しい人は抵抗があるかもしれませんが、現在、「入籍」はしばしば「事実婚ではなく婚姻届を役所に出して法的に夫婦になる」という意味で使われています。

「三省堂現代新国語辞典」は1月に出た第5版で、「入籍」の項に「俗に、婚姻届を役所に提出すること」と加えました。

法律上は「正しくない」表現が現実の社会生活で広く使われるのは、珍しいことではありません。校閲としては、引用以外で原稿に出てきたら「結婚する」などと直していますが、社会での使われ方をわきまえつつ正確に表現することの難しさに、頭を悩ませる日々です。

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